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長期間逗留のお客さんと、家族のようなおつきあい。
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高山市西之一色町
「お宿石松」 笠松 勲 さん |
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高山市を貫く国道四十一号から少し入った西之一色町。苔(すのり)川に面してこぢんまりとした佇まいを見せる民宿「お宿石松」。
三十年におよぶ民宿の歴史は、そのまま飛騨地域の発展の歴史でもあったと、ご主人はこれまでをしみじみとふりかえる。
観光客中心の民宿からスタートした「石松」はその後、高山市庁舎やホテル、そして美術館の建設と、飛騨地域の大きなプロジェクトのために来高した現場の職人さんたちの定宿として知られるようになり、たくさんの人たちのお世話をしてきた。
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高山市の高台にあるホテルの工事では延べ二年間にわたる逗留で、まるで家族が増えたようだったと言う。
「多いときは四十人くらいの方がおられました。毎朝、ラッシュのようでした。」 と奥様は笑う。
つい先ごろまでは、東海北陸自動車道路《飛騨トンネル》の工事関係者が多数逗留していた。
「飛騨市の河合町が現場なんですが、高山から1時間以上かけて通っておられました。もっと近くに宿があるのではとも思ったんですが、うちを利用していただけると思うとありがたかったですね。」とご主人。
「職人さんたちは、飲む量も食べる量も、はんぱじゃなかったです。」
と笑う奥様だが、あるときなどは、大量の材料を買い込んできた職人さんたちが、隣近所の人たちや子どもたちを招待してのバーベキュー大会をやったことがあるという。鉄筋関係の職人さんたちだったそうで、足場を組んで鉄板を用意して、焼網も自前で用意するという手際のよさに感心したそうだ。また、《親方》を中心にした職人さんたちのチームワークの良さで、職人さんたち同士はもちろん、近隣との大きなトラブルもなくこれまでやってこられたとしみじみと語る。
「一見こわもての印象ですが、話してみると、とてもいい人ばかりで。」とご主人は笑う。
民宿はご主人の両親と奥様の三人できりもりしている。長期間逗留のお客さんが多かったため、食事のメニューには気を遣ったという。
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「少しずつ変えて出すんですが、ほとんどは家庭料理です。」と奥様。長期間、郷里を離れて働く職人さんたちにとっては、どんな「おごっつおう」よりもありがたい「おふくろの味」だったのではないだろうか。
つい先ごろまで逗留していた職人さんは静岡の人たちで、土・日曜日には帰郷をしていたという。
そこで、金曜日は「ラーメンの日」と決めて、高山ラーメンを出していた。職人さんたちは高山ラーメンの味がいたくお気に入りで、静岡にはない味だと喜んでいたという。
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実はご主人は高山市内で働く板前さんなのだが、
「民宿の調理場には入りません。」
と意外なことを言う。
「妻と両親がやっていることに、いわば外から口を出すとやりにくいだろうと思います。」
と、民宿のことはすべて信頼して奥様たちに任せているそうだ。
「息子が私と同じ道を選んでくれまして、ゆくゆくはここで小料理屋でもやりたいなと考えているんですが、きっと妻は民宿を続けていくんでしょうね。」
と話すそばで、奥様はただだまって笑っている。「おふくろの味」と「あたたかな笑顔」でお客様をねぎらってきたお宿石松は今日もお客様をお迎えする準備に忙しい。
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